道は続く〜大阪・南河内〜河南町と太子町の境にある平和池から〜〜





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「杜子春」のように 「泰山の南の麓の一軒の家」に住まうが如く・・・ その声に気がついて見ると、杜子春はやはり夕日を浴びて、 洛陽の西の門の下に、ぼんやり佇んでゐるのでした。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波、―― すべてがまだ峨眉山へ、行かない前と同じことです。 「どうだな。おれの弟子になつた所が、とても仙人にはなれはすまい。」 片目眇(すがめ)の老人は微笑を含みながら言ひました。 「なれません。なれませんが、しかし私はなれなかつたことも、反(かへ)つて嬉しい気がするのです。」  杜子春はまだ眼に涙を浮べた儘、思はず老人の手を握りました。 「いくら仙人になれた所が、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けてゐる父母を見ては、黙つてゐる訳には行きません。」 「もしお前が黙つてゐたら――」と鉄冠子は急に厳(おごそか)な顔になつて、ぢつと杜子春を見つめました。 「もしお前が黙つてゐたら、おれは即座にお前の命を絶つてしまうと思つてゐたのだ。―― お前はもう仙人になりたいといふ望も持つてゐまい。 大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になつたら好いと思ふな。」 「何になつても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」  杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩(こも)つてゐました。 「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇はないから。」  鉄冠子はかう言ふ内に、もう歩き出してゐましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、 「おお、幸(さいはひ)、今思ひ出したが、おれは泰山の南の麓(ふもと)に一軒の家を持つてゐる。 その家を畑ごとお前にやるから、早速行つて住まふが好い。 今頃は丁度家のまはりに、桃の花が一面に咲いてゐるだらう。」と、さも愉快さうにつけ加へました。 (大正九年六月) 底本:筑摩書房・現代日本文学大系43芥川龍之介集    1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行

「近つ飛鳥の里」この辺りは泰山の麓のような里・・・


河南町・太子町周辺







ヤマガラと観心寺の枝垂れ梅




●太子道探訪・2002・7・6



●太子道探訪・2002・6・30



●太子道探訪・2002・6・16



● 古道探訪・2002・6・9〜10











ヤマガラ
2004.12.23 自宅の南天の木にて
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●なんでもメモ

なんでも思いついたことを記しています〜♪



●ウエブリプログ




●あちこち巡りの記録

2010


2011



●あっちこっち巡り




奈良・平城京跡朱雀門前にて



2004野鳥館 本棚 PETCONER 更新メモ